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世界地図の創り方②:現実世界からの引用

当記事は「世界地図の創り方」の第二章です。序文および目次はこちらから。

現実世界をモデルにするメリット

 ファンタジー作品を創作する上で、現実世界をモデルに据えることには数多くのメリットがあります。前項で例に挙げた「小さな漁村での少年少女の交流」物語の舞台を、現実世界にある「タヒチ島」をモデルとしてディテールアップしながら、そのメリットについて考えてみましょう。

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イギリスの軍艦がタヒチ島の住人に砲撃をかますの図。
パブリックドメイン引用元

理解しやすい

 タヒチ島は、地球上に存在している場所です。
 何を言っているんだと思うかもしれませんが、この「地球を参考にしている」という点は、極めて重要だと考えます。
 「太陽は東から昇り、西に沈む」、「日中の空は青く、夜は暗くなる」、「海水は塩辛い」というような、ごく当たり前の常識であれば、特別な説明がなくとも、読者は直感的に理解してくれます。そうした説明不要な分かりやすさには、計り知れないメリットがあると筆者は考えています。 

手っ取り早い

 モデルがあるということは、ゼロベースで考えなくて良いことを意味します。
 多少はモデルとなる場所について調べることが必要でしょうが、サクサクと設定を決めることができます。
 現実のタヒチ島に準じて、舞台となる島は火山島であり地形は山がち、周囲にはサンゴ礁が広がっており、沿岸部には火山性の黒い砂浜があることにしましょう。
 「小さな漁村」が必要ですから、島の沿岸部の一角に入り江を場所として用意してみます。漁村の規模は小さいわけですから、入り江の大きさも限定的なもので構わないでしょう。村の背には、島の最高峰である火山が見え、亜熱帯の濃い緑が迫ります。
 村が面した海は、タヒチ島と同様、環礁に守られた水深の浅いラグーンであることにすれば良さそうです。
 こうして、あっという間に作品世界の基本的な地理を決めることができました。楽でいいですね。 

リアリティを出しやすい

 作品世界の地理が決まれば、気候や文化なども、そこから芋づる式に決めていくことができます。
 モデルとなるタヒチ島は、亜熱帯海洋性気候に属し、温暖で過ごしやすいことで知られています。乾季はやや涼しいく、雨季は高温多湿になる……といった点も引き継げば、物語の演出に使えそうです。
 さらにもう少しタヒチ島について調べてみると、ロープに繋いだ石で水面を叩いて魚を浅瀬に設置した網に追い込む「石打漁」という伝統漁法が存在しているらしいことがわかってきました。日本では、あまり馴染みのない漁法ですから、作中の生活描写に使うことで、ちょっとした新鮮味や深みを与えることができるかもしれません。
 なんだか、島での暮らしに説得力が出てきたと思いませんか? 現実世界から引用してきたわけですから、リアリティがあって当然なわけですが、それはそれ。存分にメリットを享受してしまいましょう。 

物語のアイディアが得られる

 リアリティの話とも重複する部分とも言えますが、モデルとする土地の歴史から、物語のヒントを得ることもできます。
 たとえばタヒチ島では、1770年代にタヒチシギという鳥が絶滅しているそうです。西洋人が持ち込んだイノシシが、その優れた嗅覚によって小石のように偽装されたシギ類の卵を見つけ出し、食べ尽くしてしまったのだとか。
 また、タヒチ島は他の南洋の島々でも見られたように、一部の先住民が西洋人から銃器の供与を受けることで戦力を強化し、武力による統一を成功させています。こうして成立したポマレ王朝は、後に武器の提供を条件として、キリスト教の布教を認めており、結果として既存の信仰は駆逐されたようです。
 これらのエッセンスを、主題である「小さな漁村での少年少女の交流」に織り交ぜれば、「自然環境の破壊をテーマに含めた物語」にも、「激動の戦乱を生き延びる若者たちの物語」にも、「消えゆく土着信仰の悲哀を描いた物語」にもなりえます。現実世界をモデルとすることには、物語を形作る上でのアイディアが得られるというメリットもあるのです。

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絶滅したと言われると、とたんに哀愁を感じてしまうタヒチシギ。
パブリックドメイン引用元

 現実から外れることの意義

 もちろん、せっかくのファンタジー作品なのですから、何かヒネリを効かせたいという気持ちもわかります。
 実際問題として、「ふたつの月がある」といった地球とは明らかに違う要素をポンと投げ込むことには、それはそれでメリットがあります。
 空にふたつの月が浮かんでいれば、それだけでビジュアルが幻想的なものとなることでしょう。
 もちろん真面目に考えれば、月のような衛星がふたつある惑星では、地球よりも潮の満ち引きや潮流は複雑化して然るべきですし、それだけ航海の難度やリスクは高まるはずです。場合によっては、遠洋航海技術の発達が遅れ、代替として別の「海を渡る技術」が考案されるかもしれません。そして、そんな一風変わった世界だからこそ、描ける物語というものもあるはずです。
 このように独自色の強い世界設定が、描きたい物語にとって重要なのであれば、大いに採り入れて行くべきでしょう。
 たとえば、小川一水の短編SF小説『老ヴォールの惑星』は、ガス惑星の一種であるホット・ジュピターを舞台に選ぶことで、そうした環境で成立し得る知的生命体の有り様とはいかなるものかを考察し、素晴らしい作品に仕上げています。これは「地球に似た世界」をモデルにしていては、決して創れない作品といえます。
 またthatgamecompanyのアドベンチャーゲーム風ノ旅ビト*1のように、ビジュアルイメージを優先し、世界観の説明には労力を割かないという潔い作品も存在します。この作品には、理解可能な文字や台詞が登場しないため、プレイヤーが操作することになる「赤ビト」や「白ビト」が、いかなる存在なのかさえ判然としないほどです。
 それでもなお、ゲーム体験を優先し、物語の解釈をプレイヤーに委ねることで、作品として成立させている点は見事というほかありません。
 現実から大きく外れる世界設定を採用する場合は、徹底的に考察して作品作りの根幹に据えるか、逆に「そういうものだ」とばかりに全く触れずに済ませてしまう。そのどちらかが良いように思います。
 これ以降、本書では特に断り書きがない限り、「地球に似た惑星」を基準としたファンタジー世界の創作について論じていきます。もちろん筆者は、「地底世界」や「平面世界」、あるいは「海と陸の間にある精神世界*2」といった特殊な世界観を否定するつもりはありません。むしろ大好きです。
 ですが、そうした特殊な世界観を創るにあたって考えるべきことは、「地球に似た惑星」の創作を進める上で気を配るべきことでは、まったくポイントが異なると思うのです。

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地球平面説に基づいた世界地図の例。これだけで、とってもファンタジー
パブリックドメイン引用元

 

*1:原題:JOURNEY。オフィシャルサイト

*2:聖戦士ダンバイン』シリーズの作品世界、バイストン・ウェルのこと。現実の「地球」を含めた多重構造的な世界観を採用しており、実に興味深い。いずれ場を改めて解説を試みたい。