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世界地図の創り方④:創作に役立つヒント

当記事は「世界地図の創り方」の第四章です。序文および目次はこちらから。

 

 『氷と炎の歌』シリーズの世界地図を見ることで、いくつかの「世界地図の創り方」のポイントが見えてきました。

  •  物語のモチーフとする歴史的事実があるならば、その舞台となった地域を参考とする

  • 物語のスケール感に合わせて、参考にした地域を拡大・縮小する

  • 物語に必要となる特性を持った地域を切り貼りし、配置を調整する

  • 物語に必要となる部分と、その周辺だけを描き、端まですべてを描ききらない

 これだけでも、世界地図の創作が開始できそうですが、いざ作業を始めるとなると細かな部分で迷いが生じてしまいそうです。そこで、いくつか世界地図を考案する上でのヒントになる考え方を紹介していきたいと思います。
 ただし、作品ごとに求められる「リアリティ」の度合いは異なりますので、紹介する手法や考え方のすべてを採り入れる必要はありません。貴方が創ろうとしている作品における、「その世界観なりの筋道」さえ担保できれば良いのですから。

 

緯度と気候帯を意識する

 世界地図作成の目安として、気候に大きな影響を与える緯度を意識しておくことは大切です。地球と似た惑星を舞台にしているはずなのに、何の説明もなく「極地の凍土帯」と「灼熱の砂漠地帯」が隣り合わせになっていれば、読者やプレイヤーは違和感を覚えることでしょう。ですから、ざっくりとした気候帯と緯度の関係性を覚えておくことは、「それなりのリアリティ」を演出するためにも役立つものと考えます。

熱帯

 南北回帰線(地球上では緯度23度26分22秒)に挟まれた気候帯です。特に緯度0~10度に収まる範囲内では日射量が多く、年中温暖で降水量も多く、熱帯雨林/ジャングルが形成されまます。そして、その周辺には雨季(夏)と乾季(冬)が巡るサバンナが分布します。

乾燥帯

 緯度20~30度に分布する乾燥帯は、その名のとおり非常に乾燥しており、植物がほとんど育たない無樹林気候となります。特に大陸西岸や内陸部には、灼熱の砂漠気候が分布。熱帯や温帯との境界に、かろうじて草や低木が茂るステップが分布します。

温帯

 はっきりとした四季の変化があり、植生が豊かで野生生物も多く、農業に適しているため文明が育まれやすい気候帯です。いわゆる「中世ヨーロッパ」的世界観を描く際には、この温帯を中心に地図を描いていくことになるでしょう。大陸の東岸では緯度30~40度あたり。大陸の西岸では偏西風の影響で60度あたりまで分布することになります。

亜寒帯

 寒暖の差が激しく、夏は暑く、冬は積雪が見られる気候帯。概ね緯度40度以上の高緯度地域に分布します。ロシアや東欧の様子をイメージすると、わかりやすいかもしれませんね。

寒帯

 ツンドラ気候や氷雪気候が属する気候帯。極圏(地球上では緯度66度33分)より高緯度地域に分布します。年間を通じて寒冷で降水量が少なく、人の居住には適しません。北極海岸一帯やグリーンランドが、この気候帯に該当します。

 必要な国や都市の要素を書き出す

 現実世界においては、暮らしやすい土地に人々が集まることで街が生まれ、やがて国が成立します。しかし、創作においては順序を逆転させることが可能です。描きたい物語に必要となる国や都市の特性から、その要件を満たす地理を創っていくことができるのです。そのためにも、まずは必要な国や都市の要素を書き出しておくことが重要となります。
 「砂漠の交易都市」や「大きな港を有する海洋都市」といったように、明確なロケーションのイメージがあれば理想的ですが、「精強な騎士団が守る王国」といった地形を伴わない概要設定でも構いません。「騎士団」のビジュアルイメージが、「甲冑を着込んだ西洋風の騎士」であればイングランドやドイツなど、「曲刀を手にしたアラビア風の騎士」であればアラビア諸国といったように、現実世界の地域に紐づけていくことで創作世界に用意すべき地域を考えていけば良いのです。
 特にゲーム作品では、ロケーションの絵変わりが重要になります。いつまでも似たような風景が続いては、プレイヤーも飽きてしまうことでしょう。砂漠、山岳、海、平原、雪原といったように、次々と冒険の舞台が変わっていくことが求められる場合もあるはずです。
 そうして必要な地域を並べていくことで、その気候帯をすべてカバーするための大陸の広さが自ずと決まっていきます。具体例を挙げて考えてみましょう。
 仮に「砂漠の交易都市」、「精強な騎士団が守る国」、「ヴァイキングのような海賊が暮らす村」、この3つ併存する大陸が必要だとしてみます。まずは、それぞれに必要なロケーションを考えてみましょう。

砂漠の交易都市

 必要なのは「砂漠」と、都市を成立させるための「オアシス」。詳しくは後述しますが、砂漠が分布するのは熱帯から温帯にかけてとなります。中でも隊商が行き交うような広大な砂漠となると、亜熱帯砂漠が向いていそうです。

精強な騎士団が守る国

 西洋風の騎士たちをイメージし、今回はドイツをモチーフに選びます。森林が多い温帯の土地、といったところですね。特に海に面している必要はありませんが、内陸の場合、大きな河川があると物流も促進され、よく街が発展してくれそうです。

ヴァイキングのような海賊が暮らす村

 実り豊かな土地であれば、わざわざ命がけで戦い、他者から富を奪う必要はありません。したがって、農業や牧畜に向いておらず、かつ海に進出する必然性がある立地が必要です。冷涼な亜寒帯の半島などが適切でしょう。

 こうして書き出してみると、今回の大陸は少なくとも「亜熱帯」から「亜寒帯」にかけて広がりを持つ必要があることがわかってきました。この大陸が惑星の北半球にある場合、北部には半島があり、南部には広大な砂漠を内包できるほどの面積がある構造であることも、導き出されてきます。特に必要なロケーションが多くなればなるほど、情報の整理が重要となることでしょう。

旧大陸は東西に、新大陸は南北に長い

 生理学・生物地理学の研究者であるジャレド・ダイアモンドは、その著作『銃・病原菌・鉄』の中で、15世紀以降、「旧世界/旧大陸」のヨーロッパ人が「新世界/新大陸」の人々を一方的に征服し得た要因として、環境決定論的な主張を展開しました。同書においてダイヤモンドは、ヨーロッパ人が先行して社会経済的な発展を遂げることができたのは、人種的に優秀だったからではなく、単に地理的に優位であったために過ぎない――より具体的には、ユーラシア大陸が東西に長い形状をしていたためである、との仮説を提示しています。
 一般向けの書籍として発売された同書は、ピューリッツァー賞やコスモス国際賞といった名だたるビッグタイトルを獲得したことに加え、日本においても邦訳版が朝日新聞読書面の「ゼロ年代の50冊」において堂々の1位に選出されるなど、多方面において高い評価を得ています。一方で、特に海外においては、歴史をあまりに単純化し過ぎているといった批判もあり、専門家の間では評価が別れているようです*1
 とはいえ、同書で提示されている仮説のうち、いくつかの部分については「ファンタジー世界の創作」に役立つヒントになると思われますので、少し紹介してみたいと思います。
  ダイヤモンドの主張によると、文明を発展させる上では、栽培可能な作物(特に穀物)と家畜化可能な動物(特に大型哺乳類)を、いかに多く手に入れられるかが重要となるそうです。
 たとえば、小麦や稲といった収量が多く栄養価の高い穀物があれば、より多くの人口を安定して支えることが可能となります。こうして生じた余剰食料が、結果として食糧生産に直接的に従事しない人々、すなわち、司祭や職人、軍人といった階級の人々を社会として養うことを可能とし、文明の発展を促すという主張です。
 また、馬や牛といった大型哺乳類は、肉や乳で腹を満たし、毛皮で身体を温めてくれるだけでなく、人や荷物を背に乗せることで陸上輸送の手段になる上、重い犂のような農具を引かせることで農作業にも役立てることができます。馬を持つ文明と持たない文明、どちらが発展の速度が速いか――確かに、そう問われると前者の方が有利なように思えます。
 しかし、作物や家畜を遠くまで持ち運んだ上で栽培、飼育しようとなると、その成否は気候に大きく左右されることになります。温暖な土地でよく育つ小麦も、寒冷地では育ちにくくなるでしょう。家畜も同様で、寒冷な環境に適応して豊かな毛を持ったアルパカのような動物を、酷暑の熱帯地域に持ち込めば、たちどころに衰弱してしまうはずです。つまり、作物や家畜は「南北軸」の移動に弱いのです。
 逆に、緯度が変わらない地域であれば気候に差が少ないため、作物や家畜の移植も比較的容易となります。したがって、「東西軸」に長いユーラシア大陸では、自分たちの土地で発見した種だけではなく、別の地域を原産とする種の作物や家畜を利用できる可能性が高く、結果として文明の発展スピードも早くなるのではないか、というわけです。
 果たしてダイヤモンドの仮説が本当に正しいのかどうか――そのあたりは、専門家による議論の推移を見守るとして、特にこだわりがないなら創作世界における大陸のシルエット考案の指針にしても良さそうです。
 「中世ヨーロッパ」的な地域を創りたい場合は、「東西軸に長い大陸」を描いた上で、その中から農業や酪農に適した「温帯」に属する緯度の地域を見繕い、ディテールアップしていく……といった具合です。
 一方で、「新大陸」のようなフロンティアを舞台にしたいのであれば、「南北軸に長い大陸」を描き、そこからジャングルであれば「熱帯」といったように、作品のシチュエーションに適した気候の土地を選んでいけば良いでしょう。

地政学的な見方から海岸線を描く

 大陸のシルエットを細かく詰めていく上では、地政学的な考え方が手助けとなります。
 海岸線が複雑なほど、そして山脈や砂漠が多いほど、地域間の陸上移動は難しくなります。モノやヒトの流れを阻害する海、山、砂漠は、陸上戦力の移動をも阻む天然の障壁となるのです。したがって、征服戦争が成功し難く、小規模の勢力がひしめき合う競合的な社会が生まれやすい環境と言えるでしょう。
 これに対し、海岸線がシンプルで地形がなだらかなほど、地域間の陸上移動は楽になるため、陸上戦力を有する国家による征服が容易となり、統一的な社会が生まれやすいものと想定できます。
 強大な大陸国家を舞台にしたい場合は、ロシアや中国などを参考に海岸線はシンプルに、多数の勢力が並び立つ群雄割拠の状態を描きたいなら、ヨーロッパやアフリカなどを参考に入り組んだ海岸線を描くように心がけると良いでしょう。
 また、地政学的には海岸線の長さによって、その国が「シーパワー」と「ランドパワー」のいずれに向かいやすいのか、方向性が決定されると考えられます。イギリスのような島国は、四方を海に囲まれているため海岸線が長く、必然的に「シーパワー」の国へと向かう傾向がある――といった具合です。そのような海洋国家は、制海権を掌握することで軍事・経済の両面で躍進していきます。また、他国と直接的に国境を接していないため、国防のために多数の陸上戦力を保有する必要がなく、海上戦力の拡充に力を注ぎやすいという特性もあるのです。
 これに対して、三方を海で囲まれた半島は、海に進出しやすい特性では似ているものの、陸に面した大陸側に強大な大陸国家が誕生した場合、袋小路に追い詰められる格好となってしまいます。したがって、内陸側の政情の影響を受けやすく、大陸国家と激しく戦うか、あるいは服従を選ぶのか、その関係性は目まぐるしく変化することとなります。
 そして、大陸の中央部やその周辺を軸にした「ランドパワー」の国は、農作物の生産性を重んじ、陸上の領土を拡大し続ける傾向があります。その過程において、陸上戦力の強化が重要となり、覇権を得る頃には強大な陸軍力を保有することになります。
 こうして考えてみると、いろいろとファンタジー世界の地図を創作する上で、参考になる要素が見つかってくるのではないでしょうか。地政学では地形的な環境から、国の政治、軍事、経済に及ぼす影響を検討しますが、創作においては舞台となる国の性質から、描くべき地形を決められるわけです。
 先にも例に出した「ヴァイキングの的な勢力」を作中に登場させたいのであれば、創作世界の地図に「シーパワー」が発揮できる島か、複雑な海岸線を持つ半島を描き、その領土とする――「モンゴルの騎馬民族的な勢力」が必要なのであれば、大陸の中央に馬を養える環境を持った広大な土地を用意し、海岸線はなるべくシンプルなものとして描く――といった具合です。

障壁として山脈と砂漠を描く

 先にも少し述べましたが、山脈や砂漠は、海と同じく陸上移動を阻む障壁となります。それゆえに異なる勢力の領土を区切りたいときに、これらの障壁は手っ取り早い手段となるのです。
 その際にリアリティを追求したいのであれば、特に砂漠の形成要因に留意しながら配置すると良いでしょう。

熱帯砂漠

 緯度10~20度の大陸西側に、海岸線に沿うように形成される砂漠。大陸の西側に面した海洋には、赤道に向かって寒流が流れます。その影響で十分な水蒸気が発生しないため、霧は発生しても雨雲に発展することがなく、そのまま風に押し流されてしまうことで沿岸部は極度に乾燥した状態となります。

亜熱帯砂漠

 緯度20~30度に形成される砂漠。年間を通じて高気圧の影響を受けることで生じるため、非常に大規模な砂漠になることが多いようです。

温帯砂漠

 緯度35~50度に見られる砂漠で、「内陸砂漠」と「雨陰砂漠」がこれにあたります。
 「内陸砂漠」とは、その名のとおり海から遠い場所に生じるもので、単純に洋上から水蒸気の供給を得られないために形成される砂漠です。
 一方、「雨陰砂漠」とは海からの距離は近いものの、その間に山脈があることで形成される砂漠のことを指します。湿った空気が山脈にあたって雨雲となることで沿岸部のみを潤し、山向こうの一帯が水蒸気を得られず砂漠化が進行します。したがって、山脈とセットで配置すべきと言えるでしょう。

大河のラインを引く

 水と土を上流から運んでくれる河川の流域は農業に適している場合が多く、人の居住に適しています。特に河川が海に注ぐ河口付近は、堆積物によって三角州が形成されることがあり、農地として発展を遂げやすい環境と言えるでしょう。また、ある程度の大きさの船が通れる「可航河川」は、舟運に利用できるため、物流という意味においても有益です。
 そのため、たとえばドイツではライン川ドナウ川の流域に数多くの街が造られ、歴史の流れの軸となってきました。
 また、河川には「境界」としての性質もあります。川幅が広い大型河川の場合、渡河するのは至難の業です。そこで、隣接する勢力の境になりやすく、橋が架けられれば交通の要衝となっていきます。
 こうした「境界」としての性質をよく利用しているのが、アンドレイ・サプコフスキのファンタジー小説『ウィッチャー』シリーズ*2です。同作の作品世界は、数多くの国が乱立した大陸北部に、南方から強大な覇権主義国家「ニルフガード帝国」が迫るという構図が描かれていますが、その際に焦点となるのが大陸を東西に貫く大河「ヤルーガ川」の存在です。帝国の軍勢がヤルーガ川を渡ってくるのかどうか、そのあたりが物語において重大事として描かれています。
 河川を描く際には、文明の発展を促す側面、物流の動脈としての側面、さらに境界としての側面を意識しながら地図上にラインを引いていくと良いでしょう。
 なお、河川は湖に注ぎ込む場合もあります。そして、湖に注ぎ込んだまま消える河川もありますが、多くの場合、湖からは海へと通じる河川が流れ出すことになります。
 こうして河川のラインを地図上に引きながら、同時に主だった湖沼の場所も決めてしまいましょう。そうすることで基本的なアウトラインが出揃うはずです。さらに気候帯と地形をイメージしながら、そこが森林であるのか、あるいはステップなのかと植生を決めていけば、いよいよ自然環境も決まってくることでしょう。あとは文明の痕跡を乗せていくだけです。

街の立地を調整する

 街が成立する場所には、農業に適した肥沃な土地であったり、港を造るのに適した海に面していたり、さまざまな要件があります。
 逆説的に言えば、描きたい街の要件に沿うような立地に調整してやれば良いということ。では、どんな場所が街の成立に有利なのでしょうか?

河川の流域

 前項で説明したとおり、河川の流域は人の居住に適しており、街が発展しやすい傾向にあります。特に舟運に用いることができる大型河川の場合、輸送のハブとしても発達します。また、河川にはエネルギー源としての機能もあります。水車を建設することで、穀物を挽いたり、羊毛を縮絨したり、あるいは木材や石材を切って加工することも可能でしょう。さらに皮革産業や染め物にも大量の水が必要となるため、河川の流域で、そのような産業が発展することもあります。これに加え、渡津と呼ばれるような渡し船や橋梁によって、河川を渡ることができる場所も交通の要衝として、街が発展しやすい立地と言えます。

沿岸部

 海洋へと進出しやすい沿岸部もまた、街が築かれやすい傾向にあります。湾や入り江、陸繋島*3に面した場所は比較的波が穏やかで港が作りやすく、周辺の海域で魚介類が採れる場合は、漁港として発展する可能性を秘めています。また、河川が海に注ぐ河口にある場合、舟運によって内陸部へと物資を運搬するためのハブとしても重要な役割を占めることになるでしょう。特に「中世ヨーロッパ」的な世界観を採用する場合は、大規模な埋め立て工事などが行いにくいため――魔法などの代替技術がないのであれば――「天然の良港」と呼ばれるような、もともとの地形を活かせるような立地条件を選んであげる必要があるかと思います。
 なお、必ずしも良港という訳ではありませんが、海峡の両端は、そこを通過する船を見張ることができるため、交通と軍事の両面で重要度の高く、街が築かれやすいと言われています。

湖岸

 多くの場合、湖は河川を通じて海や水源となる高地へ通じています。そのため、舟運のハブとなる可能性を秘めていると言えるでしょう。また、湖は優れた漁場となることもあるかと思います。

平地や盆地

 地形がなだらかな平地は、とにかく開発が容易であるという点において、街が発展しやすい傾向にあります。盆地は、山に囲まれているという点において制約がありますが、それでも平地と同様に開発が容易な地形と言えるでしょう。

山の麓

 山から得られる恵みを集積し、そこから低地へと向けて流通させたり、あるいは山越えの峠道の玄関口として機能する立地です。山岳部で羊や山羊を飼う人々が、その肉や乳、羊毛や毛皮などを降ろすための市場町、あるいは山越えに備えた人々が休み準備するための宿場町などが栄えます。山が国境線になっている場合は、国境を守るための防衛拠点として重要視される可能性もあるでしょう。同様に、滝線――あるいは瀑布線――と呼ばれる滝の近くもまた、河川を通じた舟運の終着点となるため、人や物資が滞留するハブとなることがあります。

街の役割から位置を調整する

 もう少し、街の位置について考えてみましょう。優れた環境から主要な街が成立し、発展を遂げて人口が増えていくと、やがて街から出た人々によって、その周辺地域に子供のような集落が築かれていきます。親となる街から、ある程度の物資などを得ることができるため、子となる街の立地条件は、ある程度、緩和される形になります。そうして親から子、子から孫と、集落が分派して増えていくことになるのです。
 また、主要な街同士を結ぶ、街道や運河の間には、物流の中継地点として宿場町が転々と形成されていくはずです。その際の宿場町の間隔は、一日にどの程度の距離を進むことができるのか、といった運送力や人の暮らしを最低限維持できる要素――水源など――の有無によって決まってくるでしょう。
 また、おおよそ街の建設には不向きな場所にも、さまざまな理由によって街が生まれていきます。その例を考えていきましょう。

宗教上の理由

 霊峰と呼ばれるような険しいものの神秘的な雰囲気を有する場所には、神霊を祀る神殿や仏閣などが築かれることがあります。すると、それらの宗教施設を参拝するために人々が遠方より訪れるようになり、宗教都市や門前町などが成立するようになります。
 また宗教上の理由によって修行や瞑想を行うため、そして俗世と自身とを切り離すために、宗教者が意図的に険しい地形で暮らすことがあります。険しい岩山の頂きに築かれた寺院や修道院といったものが、この例にあたるでしょう。

軍事上の理由

 国境線には、隣接する敵対的な勢力の侵入を警戒するために砦や城が築かれます。すると、その砦や城に詰めている兵力を維持するために、周辺に街が築かれるケースも出てきます。 
 なお、国境には大きく自然的国境と人為的国境に大別できます。
 自然的国境とは、山や河川、湖、海など、自然地理学的な障害を境としたもの。これに対して人為的国境は、戦争の結果や条約締結などに伴って、人と人との取り決めによって生じたもの。後者は、必ずしも障害となる地形とは限らず、街の中に引かれる場合すらあります。
 こうした国境に面した場所には、関所が設けられることもあり、交通の要衝ともなり得ます。

*1:日本においては手放しで称賛されるケースが多い『鉄・病原菌・鉄』だが、英語圏では早期の内から様々な温度感の書評が出ており、各分野の専門家から多くの指摘が相次いでいる。この辺りの事情については「J-STAGE」掲載の『日本の地理学は『銃・病原菌・鉄』をいかに語るのか ―英語圏と日本における受容過程の比較検討から―』に詳しい。

*2:原題は『Saga o wiedźminie』。日本においては当初『魔法剣士ゲラルト』というタイトルで翻訳版が出版されていたが、CD Projekt REDによるRPG作品『ウィッチャー3 ワイルドハント(原題:The Witcher 3: Wild Hunt)』がヒットしたことに伴い、邦題シリーズ名を『ウィッチャー』に改めて再刊行された。近年ではNetflixによるテレビドラマ版「ウィッチャー」も人気を博している。

*3:陸繋島とは、かつて島であったものが近くにある大きな陸地と繋がった地形のこと。沖からの波が打ち消されるため、天然の良港になりやすい。

世界地図の創り方③:『氷と炎の歌』に見る世界地図創作法

当記事は「世界地図の創り方」の第三章です。序文および目次はこちらから。

物語のための世界地図

 壮大なスケールの物語が描きたい、あるいは様々なロケーションが登場するゲーム作品を制作したいといった理由で、大陸規模の「世界地図」を創る必要があるとしたら、どのようにすれば良いのでしょうか?
 ここではジョージ・R・R・マーティンの『氷と炎の歌』シリーズの世界地図*1を見ることで、創作法として採り入れることが可能な方法論を探っていきたいと思います。
 さて、現時点で公開されている『氷と炎の歌』の世界地図は、下図のような形状をしています。

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『The Lands of Ice and Fire』収録「THE KNOWN WORLD」を基に作図。
Aがウェスタロス大陸、Bがエッソス大陸、Cがソゾリオス大陸。

 西に「ウェスタロス大陸」、東に「エッソス大陸」、南に「ソゾリオス大陸」という3つの大陸が存在しますが、この内、物語の舞台として用いられているのは、ウェスタロスとエッソスのふたつになります。ソゾリオスについては、作中においてもほとんど触れられておらず、世界の広がりを感じさせるためのフレーバー程度の存在に留まっています。
 未読の方に向けて軽く説明しておくと、『氷と炎の歌』の物語には、大きくわけて3つのストーリーラインが存在します。ひとつ目は、中世イングランド風の封建社会が築かれているウェスタロスにおける王位を巡る覇権争い。ふたつ目は、ウェスタロスの北端にある極寒の地から南下しつつあるゾンビに似た不死の異形との戦い。3つ目は、15年前の戦いの結果として、ウェスタロスからエッソスへと逃れていた前王の子供たちの流浪物語。これらのストーリーラインを成立させるための要素が、この世界地図には込められているのです。

ウェスタロス:グレートブリテン島を拡大

  ウェスタロスは、面積こそ南アメリカ大陸と同等レベルにまで拡大されているものの、そのシルエットは現実世界のイギリス、すなわちグレートブリテン島によく似ています。
 それもそのはず。先程紹介したストーリーラインのうち、ひとつ目の「王位を巡る内戦」は、中世イングランドの「薔薇戦争」をモチーフとしたものと言われているのです。薔薇戦争を参考にするからには、その舞台となったグレートブリテン島に似た土地を用意するというのは、至極まっとうな理由と言えるのではないでしょうか。
 さらに、ふたつ目の「北方からの脅威」についても、この大陸の形状に大きな影響を与えています。
 ウェスタロスの北部には、東西を貫くように巨大な氷の「壁」が存在し、そこに連なるように砦が築かれており、兵たちが南下を狙う蛮族の警戒にあたっています。そして、この壁と砦にもモチーフが存在します。作者であるジョージ・R・R・マーティンによれば、この「壁」はイングランド北部、スコットランドの境界線近くに今も遺る「ハドリアヌスの長城」から着想を得たものとのこと。
 下図の【A:現実のブリテン諸島】と【B:ウェスタロス大陸】を比較すれば一目瞭然、赤線で記したウェスタロスにおける「壁」と、グレートブリテン島の「ハドリアヌスの長城」の配置がよく似ていることがお解りいただけるのでしょう。

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A:ブリテン諸島、B:ウェスタロス大陸、
C:アイルランド島の配置を変えた図
赤線は「ハドリアヌスの長城」と「壁」を表す。

 ただし、現実との間には違いもあります。この「壁」についても、物語の規模感に併せてスケールアップされているのです。2世紀にローマ皇帝ハドリアヌスが建設を命じた長城は、高さ4~5メートル程度のものでしたが、『氷と炎の歌』の「壁」の高さは、700フィート(約213メートル)という驚きの規模。前者の長城がケルト人の侵攻を警戒したものであったのに対し、後者の「壁」に押し寄せてくるのは、蛮族のみならず、群れをなした不死の異形たちなのですから、モチーフを100倍にしてなお足りなかったといったところでしょうか。
 このように、ウェスタロスはモチーフとする「現実世界の歴史」を再現しやすくするため、それが起こった地理についても参考にするものの、描くべき物語に併せて土地の面積や建造物の大きさをスケールアップさせるという手法を採っているのです。
 なお、ウェスタロスの形状については、単純にグレートブリテン島を拡大したのではなく、アイルランド島を逆さまにした上で拡大し、グレートブリテン島の南に配置したのではないかという指摘もあります*2。確かに図【C:アイルランド島の配置を変えた図】を見てみると、海岸線などに一致する部分が多く見られますね。 

エッソス:歴史的地形のモザイク

 ウェスタロスの東にあるエッソスでは、『氷と炎の歌』の3つ目のストーリーラインである前王の子供たちの流浪生活が展開されます。
 故郷から遠く離れた兄妹は、いつか生来の権利であるウェスタロスの王位を得るため、異郷の地で雌伏の時を過ごすことになります。つまり、エッソスに求められるのは、中世イングランド的世界観であるウェスタロスから見た「異郷」であることと解釈できるでしょう。
 この要件を満たすため、現実世界の地形をモチーフとする方法論は使えるでしょうか?
 答えはイエスでもあり、ノーでもあるように思います。
 グレートブリテン島の東側に隣接するユーラシア大陸は、東西に長く広がっていますが、この辺りは使えそうです。実際、エッソスは東西に長い形状をしており、その東端は描かれていないほどです。
 この内、第3のストーリーラインの主要な舞台となるエッソスの西部は、中世イタリアの諸都市を思わせる「ペントス」や「ミア」などの自由都市が配置され、少しばかり異文化を感じさせる土地となっています。
 しかし、作者であるジョージ・R・R・マーティンは、それでも不足と考えたのか、作中にモンゴルの騎馬民族を思わせる「ドスラク人」を登場させ、エッソスの異郷感をさらに盛ってもいます。これに伴い遊牧生活を営む騎馬民族を置くための大草原を、エッソスの中央部に配置する必要がでてきました。結果、現実世界のユーラシア大陸とは大きく異なる、モンゴルがヨーロッパ方面まで移動してきたかのような地図が完成したのです。
 ただし、中世イタリア的な自由都市が領するやや降水量が少ない地域と、モンゴル的大草原を隣接させるには、地理的にもひと工夫が必要です。一般に大陸の西側の海には、高緯度から低緯度に向けて「寒流」が流れます。そして、寒流は水蒸気を発生させにくい性質があるため、その沿岸部を乾燥させやすい傾向にあります。こうした地球上の理屈を利用して、エッソス西部をやや降水量が少ない土地としつつ、大草原「ドスラクの海(THE DOTHRAKI SEA)」との境に山脈と大規模河川、その流域に位置する森林地帯を設けることで気候の変化を実現。物語上でも、これらの地形を自由都市とドスラク人の支配領域とを隔てる境界として上手く用いています。
 物語に必要な位置関係を成立させるため、現実世界の地形をモザイクアートのように切り貼りする。エッソスでは、そのような手法が用いられていると言えるでしょう。

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エッソスの拡大図。主要な山系をオレンジ色で示した。
ドスラクの海が山脈で区切られているのがよくわかる。

ソゾリオス:描かないことで広がりを表現

 先にも少し触れましたが、現在公開されている『氷と炎の歌』の世界地図には、「世界のすべて」は記載されておらず、ウェスタロスの北端やエッソスの東端は描かれていません。ソゾリオスに至っては、その北端がかろうじて写り込んでいる程度で、南側に広がっているであろう広大な土地は不明のまま。
 『The World of Ice & Fire』の記述によれば、ソゾリオスは南北に長い大陸であり、浅黒い肌を持つ異民族が暮らしているとのことで、どうやら現実世界のアフリカ大陸をモチーフにした土地のようです。
 ですが、「その土地にルーツを持つキャラクターが登場する」といった程度の関わりしかないためか、世界地図における描写は、かなり限定的なものに留まっています。
 おそらく、このような「端まで描かない」という方針は意図的なものであると思われます。
 人工衛星が天上を巡る現代社会とは異なり、ウェスタロスの住人にとって未だ世界には「人類未踏の地」で溢れており、まさしく世界地図に描かれた範囲内こそが「既知世界のすべて」なのでしょう。そうした世界観が、この隅々まで描かれていない世界地図から読み取ることができるのです。
 情報が隠されることによって、「その先に何があるのだろうか」という想像を掻き立てる効果があるとも言えるでしょう。
 また、身も蓋もない話をすれば、仮に「ソゾリオスの南側」を描いた地図を作者が描いていたとしても、表に出すまでは「裏設定」に過ぎず、いつでもその設定は調整可能であります。いざとなったら、変更できるという点は、大きなメリットです。そうした点も踏まえれば、直接的に登場しない場所の地図は、描かないに限るのではないでしょうか。

*1:HBOのテレビドラマ版の世界地図と、小説の世界地図ではやや地形が異なっている。前者はジョージ・R・R・マーティンから提供された初期の構想に基づいて地図が制作されたが、後に『The Land of Ice and Fire』が発表され小説版向けの世界地図が更新された。当記事では、この小説版向けの世界地図を基準として解説を試みている。なお余談だが、作中のいくつかの地域については気候の描写も異なっており、たとえばウェスタロス南部にあるキングス・ランディングは原作小説では西岸海洋性気候として、HBOテレビドラマ版では地中海性気候として描かれている。これは撮影に利用されたロケ地の問題であると同時に、北部との豊かさの差を強調するという意図もあったようだ。

*2:北米の大手掲示板サイトredditにおける、あるファンからの投稿が話題を呼んだ。

世界地図の創り方②:現実世界からの引用

当記事は「世界地図の創り方」の第二章です。序文および目次はこちらから。

現実世界をモデルにするメリット

 ファンタジー作品を創作する上で、現実世界をモデルに据えることには数多くのメリットがあります。前項で例に挙げた「小さな漁村での少年少女の交流」物語の舞台を、現実世界にある「タヒチ島」をモデルとしてディテールアップしながら、そのメリットについて考えてみましょう。

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イギリスの軍艦がタヒチ島の住人に砲撃をかますの図。
パブリックドメイン引用元

理解しやすい

 タヒチ島は、地球上に存在している場所です。
 何を言っているんだと思うかもしれませんが、この「地球を参考にしている」という点は、極めて重要だと考えます。
 「太陽は東から昇り、西に沈む」、「日中の空は青く、夜は暗くなる」、「海水は塩辛い」というような、ごく当たり前の常識であれば、特別な説明がなくとも、読者は直感的に理解してくれます。そうした説明不要な分かりやすさには、計り知れないメリットがあると筆者は考えています。 

手っ取り早い

 モデルがあるということは、ゼロベースで考えなくて良いことを意味します。
 多少はモデルとなる場所について調べることが必要でしょうが、サクサクと設定を決めることができます。
 現実のタヒチ島に準じて、舞台となる島は火山島であり地形は山がち、周囲にはサンゴ礁が広がっており、沿岸部には火山性の黒い砂浜があることにしましょう。
 「小さな漁村」が必要ですから、島の沿岸部の一角に入り江を場所として用意してみます。漁村の規模は小さいわけですから、入り江の大きさも限定的なもので構わないでしょう。村の背には、島の最高峰である火山が見え、亜熱帯の濃い緑が迫ります。
 村が面した海は、タヒチ島と同様、環礁に守られた水深の浅いラグーンであることにすれば良さそうです。
 こうして、あっという間に作品世界の基本的な地理を決めることができました。楽でいいですね。 

リアリティを出しやすい

 作品世界の地理が決まれば、気候や文化なども、そこから芋づる式に決めていくことができます。
 モデルとなるタヒチ島は、亜熱帯海洋性気候に属し、温暖で過ごしやすいことで知られています。乾季はやや涼しいく、雨季は高温多湿になる……といった点も引き継げば、物語の演出に使えそうです。
 さらにもう少しタヒチ島について調べてみると、ロープに繋いだ石で水面を叩いて魚を浅瀬に設置した網に追い込む「石打漁」という伝統漁法が存在しているらしいことがわかってきました。日本では、あまり馴染みのない漁法ですから、作中の生活描写に使うことで、ちょっとした新鮮味や深みを与えることができるかもしれません。
 なんだか、島での暮らしに説得力が出てきたと思いませんか? 現実世界から引用してきたわけですから、リアリティがあって当然なわけですが、それはそれ。存分にメリットを享受してしまいましょう。 

物語のアイディアが得られる

 リアリティの話とも重複する部分とも言えますが、モデルとする土地の歴史から、物語のヒントを得ることもできます。
 たとえばタヒチ島では、1770年代にタヒチシギという鳥が絶滅しているそうです。西洋人が持ち込んだイノシシが、その優れた嗅覚によって小石のように偽装されたシギ類の卵を見つけ出し、食べ尽くしてしまったのだとか。
 また、タヒチ島は他の南洋の島々でも見られたように、一部の先住民が西洋人から銃器の供与を受けることで戦力を強化し、武力による統一を成功させています。こうして成立したポマレ王朝は、後に武器の提供を条件として、キリスト教の布教を認めており、結果として既存の信仰は駆逐されたようです。
 これらのエッセンスを、主題である「小さな漁村での少年少女の交流」に織り交ぜれば、「自然環境の破壊をテーマに含めた物語」にも、「激動の戦乱を生き延びる若者たちの物語」にも、「消えゆく土着信仰の悲哀を描いた物語」にもなりえます。現実世界をモデルとすることには、物語を形作る上でのアイディアが得られるというメリットもあるのです。

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絶滅したと言われると、とたんに哀愁を感じてしまうタヒチシギ。
パブリックドメイン引用元

 現実から外れることの意義

 もちろん、せっかくのファンタジー作品なのですから、何かヒネリを効かせたいという気持ちもわかります。
 実際問題として、「ふたつの月がある」といった地球とは明らかに違う要素をポンと投げ込むことには、それはそれでメリットがあります。
 空にふたつの月が浮かんでいれば、それだけでビジュアルが幻想的なものとなることでしょう。
 もちろん真面目に考えれば、月のような衛星がふたつある惑星では、地球よりも潮の満ち引きや潮流は複雑化して然るべきですし、それだけ航海の難度やリスクは高まるはずです。場合によっては、遠洋航海技術の発達が遅れ、代替として別の「海を渡る技術」が考案されるかもしれません。そして、そんな一風変わった世界だからこそ、描ける物語というものもあるはずです。
 このように独自色の強い世界設定が、描きたい物語にとって重要なのであれば、大いに採り入れて行くべきでしょう。
 たとえば、小川一水の短編SF小説『老ヴォールの惑星』は、ガス惑星の一種であるホット・ジュピターを舞台に選ぶことで、そうした環境で成立し得る知的生命体の有り様とはいかなるものかを考察し、素晴らしい作品に仕上げています。これは「地球に似た世界」をモデルにしていては、決して創れない作品といえます。
 またthatgamecompanyのアドベンチャーゲーム風ノ旅ビト*1のように、ビジュアルイメージを優先し、世界観の説明には労力を割かないという潔い作品も存在します。この作品には、理解可能な文字や台詞が登場しないため、プレイヤーが操作することになる「赤ビト」や「白ビト」が、いかなる存在なのかさえ判然としないほどです。
 それでもなお、ゲーム体験を優先し、物語の解釈をプレイヤーに委ねることで、作品として成立させている点は見事というほかありません。
 現実から大きく外れる世界設定を採用する場合は、徹底的に考察して作品作りの根幹に据えるか、逆に「そういうものだ」とばかりに全く触れずに済ませてしまう。そのどちらかが良いように思います。
 これ以降、本書では特に断り書きがない限り、「地球に似た惑星」を基準としたファンタジー世界の創作について論じていきます。もちろん筆者は、「地底世界」や「平面世界」、あるいは「海と陸の間にある精神世界*2」といった特殊な世界観を否定するつもりはありません。むしろ大好きです。
 ですが、そうした特殊な世界観を創るにあたって考えるべきことは、「地球に似た惑星」の創作を進める上で気を配るべきことでは、まったくポイントが異なると思うのです。

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地球平面説に基づいた世界地図の例。これだけで、とってもファンタジー
パブリックドメイン引用元

 

*1:原題:JOURNEY。オフィシャルサイト

*2:聖戦士ダンバイン』シリーズの作品世界、バイストン・ウェルのこと。現実の「地球」を含めた多重構造的な世界観を採用しており、実に興味深い。いずれ場を改めて解説を試みたい。

世界地図の創り方①:地図を創る意義

当記事は「世界地図の創り方」の第一章です。序文および目次はこちらから。

 

地図のススメ

 「地図」は、創作物である作品世界の地理を、前知識のない読者に提示するための手段として、とても有益なものです。
 特に映像作品やビデオゲームなどビジュアルを伴う媒体の場合、地図を演出に盛り込むことで、舞台となる場所の地形や位置関係を、わかりやすく提示することができます。
 また、単純に地図には、世界の広がりを感じさせる独特の魅力があるようにも思います。ファンタジー小説の冒頭に描かれた未知の地図を目にしたとき、何とも言えぬ期待感が胸に広がる――そんな経験をしたことのある読者も、おられるのではないでしょうか。
 加えて、地図は読者のためだけでなく、創作者にとっても有益な道具となり得ます。
 プロットを考案する際の参考資料となることはもちろん、それぞれの場所の位置関係を誤って表記してしまうようなミスを防ぐためにも役立ちます。
 とはいえ、どの程度の範囲の地図が必要なのかは、作品の内容や性質によって大きく異なります。具体的な地図や地理の創作手法について検討する前に、まずは考えるべき範囲について整理してみましょう。

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世界地図には、独特の魅力がある。図はポセイドニオスによる世界地図。
パブリックドメイン引用元

緻密な世界観は正義なのか?

 ファンタジー作品に対する誉め言葉のひとつとして、「世界観が緻密」といった表現あります。
 なるほど、確かに名作の中には、舞台となる世界の地理や自然環境、歴史、文化などを詳細に設定して表現することで、読者や視聴者を魅了する作品が少なくありません。
 たとえば、日本でも大ヒットを記録したドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の原作としても知られる、ジョージ・R・R・マーティンファンタジー小説氷と炎の歌』シリーズなどは、世界観が緻密な作品の筆頭格として挙げられるでしょう。
 群像劇である性質上、登場人物が多い同作の作品世界は、主要な舞台だけでも大陸ふたつに及ぶほど広大で、それぞれの土地に固有の歴史と文化が紐づけられています。
 その情報量は尋常なものではなく、世界観に関する専門書*1が発行されているほか、作品世界の地図だけを集めた商品*2が存在するほどです。
 では、優れた作品を創るためには、必ず『氷と炎の歌』に匹敵するほどの「緻密な世界観」を考えなければならないのでしょうか?
 当然のことながら、そんなことはありません。作品によって、求められる情報の精度も密度も異なるからです。
 絵本形式で表現する童話の類に、自然科学的・地理学的に正しい世界地図など必要ないでしょう。
 また、リアリティのある作品を創ろうとしている場合であったとしても、大陸規模の戦争を描く作品と、ある都市での連続殺人事件を描いた作品とでは、用意すべき「地図」の規模や精度は異なることでしょう。
 今まさに創ろうとしている作品にとって、重要となる「範囲」と「要素」に限定して、背景を決めていけば良いのだと筆者は考えます。場合によっては、「地図」そのものが不要であることすら、あるはずです*3
 「世界観」は、その作品を手にもってもらうためにも重要ですが、一方でそれだけを練り込み続けても一向に作品は完成しません。
 物語の根幹に関わる項目について深く検討することは大切でしょうが、そうではない部分に関しては、「概要だけを決めておく」か、そもそも「考えない」ことが大切になる、というのが筆者の考え方なのです。
 具体例を挙げて、考えていきましょう。
 たとえば、ハイファンタジー*4作品を創りたいとします。当然、作品世界の地理は、地球上のそれとは異なるでしょうし、そこに生きる動植物も異なっているかもしれません。
 なんだか考えなければならないものが、一気に増えていきそうな気配がしてきました。
 ですが、貴方が描きたい物語が「小さな漁村での少年少女の交流」だったとしたらどうでしょう?
 作品世界の地理について考えるべきは、主な舞台となる「小さな漁村」の周辺だけでも事足りるはずです。
 もし登場人物の中に「隣町出身の少女」がいるのであれば、その「隣町」まで考えるべき範囲は広がるかもしれませんが、それでも広大な大陸を隅々まで考案しておく必要はありません。
 こうした考え方は、なにも地理に限った話だけではありません。村の人口はどの程度なのか、どんな漁法で、どんな種類の魚介類を得ているのか、そういった「漁村を描くのに必要な要素」を考えておく必要はありますが、描写せずに済む分野にまで考えを巡らせる必要性は薄いはずです。
 創作にとって重要なのは、まず作品を完成させることです。そうした意味においても、創作初心者ほど考えなくて済ませることができる部分は、極力、考えない方が良いように思います。

*1:『The World of Ice & Fire : The Untold History of Westeros and the Game of Thrones』のこと。

*2:『The Lands of Ice and Fire : Maps from King's Landing to Across the Narrow Sea』のこと。

*3:地図づくりに割くコストを極限まで切り詰めた例としては、RPG作品『ドラッグ・オン・ドラグーン』シリーズの世界地図が挙げられる。同作の地図は、現実のヨーロッパの地形を上下逆さまにしたものとなっている。

*4:ハイファンタジーの定義については諸説あるが、ここでは「架空の世界を舞台にしたファンタジー」という意味で用いる。

世界地図の創り方:目次

はじめに

 当記事は、ゲーム業界の片隅で「世界設定プランナー(World Lore Creator)」なる謎めいた肩書を与えられて働いている筆者が、「ファンタジー世界の創り方」について、あれやこれや考えたことを書き連ねていこうという趣旨の記事になります。
 偶然に偶然が重なった結果、ファンタジー世界を舞台にしたMMORPG*1の「世界観」を考案する仕事に就くことになり、今年(2020年)で10年目……。もちろん、このようなマイナーな職種に役立つ知識を専門的に教えてくれる学校などあるはずもなく、ただひたすらに試行錯誤を重ねながら、どうにか今日という日まで、生き延びてきました。
 と、いうことで、ここらで自分なりの知見なんぞを書き出してみることで、改めて「ファンタジー世界を創る」という作業について考えてみたいと思ったのが、この記事の執筆経緯となります。
 第一回目となる当記事のテーマは「世界地図」です。どのようにして現実世界の「地球」とは異なる作品世界の地理を創作していけばいいのか。そのあたりの手法について、考えていこうと思います。
 もちろん、こと創作活動においては、「絶対の法則」や「唯一無二の正しい手法」など存在しないでしょう。ネット上には、大陸規模から都市単位に至るまで、各世界の地図を自動作成してくれるジェネレーター*2などもありますので、細かなことを考えるのが億劫であれば、そうしたサービスを利用するという手すらあります。
 とはいえ、ジェネレーターでランダム生成したものでは、位置関係の整理などには使えても、「なぜ、そのような地理になっているのか」という理解が創作者自身にない状態となりますので、深みのある描写や世界観の掘り下げに繋がるかと言えば、微妙なところです。
 そこで本記事では、既存の優れたファンタジー作品の「世界地図」を見ながら、どのような意図や方法論で、それらが創られているのかを考察しつつ、筆者自身の考え方と併せて紹介していこうと思います。この駄文が、小説、漫画、映像作品、ゲームなどジャンルを問わず、ファンタジー作品の創作に挑戦しようとしている方の参考となれば幸いです。 

注意事項

 本記事の内容は、あくまで筆者「サシカエ(@sashikae)」の創作行為に対する考え方を記したものであり、職務上、開発に携わっている特定のゲーム作品、サービス、その他商品の制作過程について解説したものではありません。特にゲーム開発においては多数の開発者が制作に関与しており、いちプランナーに過ぎない筆者の見解や方法論が、すべてに対して反映されるわけではありません。そのあたり、混同のないよう予めご了承ください。

 また、本記事の内容に関する責任は、すべて筆者にあり、所属会社等は一切関係がありません。意見、感想、その他は筆者宛てでお願いいたします。 

目次 

*1:大規模多人数同時参加型オンライン・ロール・プレイング・ゲーム

*2:大陸規模の世界地図を生成する「Azgaar's Fantasy Map Generator」や、都市規模の地図を生成する「Medieval Fantasy City Generator」などが、これにあたる。

このブログについて

本ブログは、サシカエ(@sashikae)が思いついたことを軽率に書き連ねるための雑記帳のようなものです。

 

当初、『ファンタジー世界の創り方』的な同人誌をコミックマーケット98に向けて準備していたものの、COVID-19を巡る情勢の変化により、イベントが中止……。

行き場を失ったテキストを腐らせるのも勿体ないなという思いから、その内容を一部改変の上、貼り付けてみようと考えたのが、このブログの設立経緯となります。

外出自粛の暇つぶしにでも使ってもらえればと思います。

 

なお、これらの記事は予告なく内容を変更、更新、あるいは削除する可能性があります。予めご了承ください。

 

sashikae.hatenablog.com